1822年、国王ジョージ4世がエディンバラを訪問します。ハノーヴァー朝の君主として初のスコットランド公式訪問——タータンと剣舞で演出されたこの歴史的和解の場で、王は一杯の酒を所望しました。「グレンリベットを」。それは当時、法的には密造酒でした。ハイランドの谷で造られるグレンリベットの評判は、密造品でありながら貴族社会にまで届いていたのです。王が公然と求めたことで、密造酒の品質と、それを禁じ続ける法の建前との矛盾は誰の目にも明らかになりました。翌1823年、蒸留免許料を大幅に引き下げる酒税法が成立し、密造者に合法化への道が開かれます。そして1824年、グレンリベットのジョージ・スミスが谷の仲間の脅迫を受けながらも最初の公認免許を取得——近代スコッチ産業の幕が上がりました。国王の一杯が法を動かした、と言えば出来すぎですが、時代の空気を変えた象徴的な場面として、この逸話は語り継がれています。