バーのロックグラスに浮かぶ氷は、なぜガラスのように透き通っているのでしょうか。「良い水を使っているから」と思われがちですが、実は多くの製氷業者が使うのは、家庭と同じ水道水です。同じ水から、白く濁る氷と宝石のような透明氷が生まれる——その分かれ目は水質ではなく、「どの方向から、どれくらいの速さで凍らせるか」にあります。

01 濁りの正体は「汚れ」ではなく「閉じ込められた空気」

製氷皿の氷をよく見ると、外側は比較的透明で、中心部だけが白く濁っています。この分布がヒントです。水道水には空気やミネラルがわずかに溶け込んでいますが、水が氷の結晶になるとき、結晶格子に組み込まれるのはほぼ水分子だけ。空気や不純物は「まだ凍っていない水」の側へ弾き出されます。家庭の冷凍庫では冷気が四方から一気に水を凍らせるため、弾き出された空気は逃げ場を失い、最後に凍る中心部に無数の微細な気泡として閉じ込められます。この気泡が光を乱反射するのが、白い濁りの正体です。つまり濁った氷は汚れているのではなく、空気の泡を抱き込んでいるだけ——ですが、この気泡と一緒に不純物や冷凍庫の匂いも閉じ込められるため、味には確かに影響します。

02 氷屋の答えは「一方向に、ゆっくり」

では、どうすれば気泡のない氷になるのか。答えは半世紀以上前から氷屋が実践しています。業務用の純氷は、マイナス10℃前後の穏やかな低温で、48時間以上かけて水を凍らせてつくられます。凍結が一方向にゆっくり進むと、氷の結晶は水分子だけを規則正しく取り込みながら成長し、空気と不純物は常に凍結面の先の水へ押し出され続けます。そして最後に残った、不純物が濃縮された部分だけを切り落とせば、残るのは純度の高い透明な氷だけ。この原理を「方向凍結(ディレクショナルフリージング)」と呼びます。

一般的な冷凍庫の氷と方向凍結の比較図。四方から凍ると不純物が中心に閉じ込められ、上から一方向に凍らせると不純物が下へ押し出される
同じ水でも凍る方向で結果が変わる。方向凍結では、不純物は「まだ凍っていない水」へ押し出され続ける

03 家庭で再現するには断熱がすべて

家庭の冷凍庫はマイナス18℃前後で、四方から急速に凍らせる構造。このままでは方向凍結は起きません。そこで、容器の側面と底を断熱材で囲い、上面だけを冷気にさらすと、凍結は上から下への一方向に限定されます。氷屋の原理が、冷凍庫の中で再現できるのです。クーラーボックスに水を張る方法が海外のバーテンダーの間で知られていますが、切り出しの手間が大きいのが難点。MALTICEのような透明氷メーカーは、この断熱構造と取り出しやすさを製品として設計したものです。なお「一度沸騰させれば透明になる」という説は、溶存空気が減るぶん濁りがやや軽くなるだけで、凍る方向を変えない限り中心部の濁りは残ります。