1530年代、イングランド王ヘンリー8世は離婚問題を機にローマ教会と決別し、修道院解散令を断行します。この宗教政策が、ウイスキー史では意外な転換点として語られます。職を失った修道士たちが民間に散り、彼らが独占的に担っていた蒸留の知識と技術が、農家や町の職人へと広まったとされるのです。スコットランドでは折しも1494年の「アクアヴィテ」の記録(修道士ジョン・コーへの麦芽の払い出し)からわずか数十年後——蒸留は聖域の技から、農民が余った大麦を価値に変える生活の知恵へと変わっていきました。冬を越すための保存手段として、また現金収入の道として、蒸留器は農家の納屋に広がっていく。後の密造時代の土壌は、この「知識の民主化」によって耕されたと言えます。宗教改革の政治劇が、結果として国民の酒を生んだ——歴史の因果の妙です(伝播の詳細には諸説あります)。