昭和の日本には、大手以外にも各地の酒蔵が造る「地ウイスキー」の文化がありました。級別制度下の二級ウイスキーを地元向けに造る蔵は全国に点在し、最盛期には相当数に上ったとされます。しかし1989年の級別制度廃止と関税引き下げで安価な輸入スコッチが流入し、さらに国内消費そのものが焼酎ブームに流れると、地ウイスキーは存続の理由を失っていきました。多くの蔵が製造を止め、免許を眠らせ、熟成庫の樽は忘れられます。ところがこの「冬眠」が、思わぬ財産を残しました。羽生蒸溜所の閉鎖在庫はイチローズモルトの伝説の原酒となり、各地で眠っていた免許と設備は、2010年代のクラフトブームで次々と目を覚まします。本坊酒造(マルス)や若鶴酒造(三郎丸)のように冬を耐え抜いた蔵は、雌伏期の古酒という宝を抱えて復活しました。地ウイスキーの冬は、日本のクラフトウイスキーの春を準備していたのです。