1934年、竹鶴政孝が余市に設立した会社の名は、ウイスキーの文字を含まない「大日本果汁株式会社」でした。理由は単純で、ウイスキーは仕込んでから売れるまで最低数年かかるからです。その歳月を食いつなぐ事業として選ばれたのが、余市特産のリンゴでした。リンゴジュース、リンゴ酒、ゼリー——しかし濁りのない高品質ジュースへのこだわりが災いして値段は高く、返品の山を抱えるなど、経営は苦難の連続だったと伝わります。それでも竹鶴は蒸溜器を据え、1936年にウイスキーの蒸溜を開始。1940年、ついに最初のウイスキーが発売されます。銘柄名は社名を縮めた「ニッカ」——日果、すなわちリンゴの会社の略称でした。世界的ウイスキーブランドの名が果汁事業の略だという事実は、理想までの歳月を何で耐えるかという、この酒に特有の宿命の記念碑です。熟成という時間の壁を、リンゴが支えた——余市の物語で最も愛される一章です。
リンゴジュースの会社 — ニッカ、雌伏の余市時代
1934年に竹鶴が設立した会社の名は「大日本果汁」。ウイスキーが熟成するまでの歳月を、リンゴ製品で食いつなぎました。