禁酒法時代のアメリカ沿岸には、「ラム・ロウ」と呼ばれる密輸船の列がありました。公海上に錨を下ろした船から、高速艇が夜の闇に紛れて酒を陸へ運ぶ——この海上密輸の世界で伝説となったのが、船長ビル・マッコイです。当時の密輸酒は水増しや工業アルコールの混和が横行し、粗悪品どころか失明者まで出す危険な代物でした。その中でマッコイは、スコッチやラムを一切薄めず、瓶詰めのまま届けることを信条とした——「あれはリアル・マッコイ(本物のマッコイ)だ」という買い手の言葉が、「正真正銘の本物」を意味する英語の慣用句として定着したという説話が残ります(語源には諸説あります)。皮肉なことに、酒を禁じた法律が「本物の酒」への渇望と敬意を生み、スコッチの品質神話をアメリカに刻んだのです。禁酒法という壮大な失敗の中で、品質だけは嘘をつかなかった——密輸船の船倉から生まれた、ウイスキー史の教訓です。