1980年代のスコッチ業界は、暗い時代を迎えていました。若者のウォッカ・ワイン志向、主要市場の景気後退、そして1970年代の強気な増産——需給は完全に逆転し、売れない原酒が「湖(ウイスキーローチ)」と揶揄されるほど積み上がったのです。1983年から数年の間に、ポートエレン、ブローラ、セントマグデランなど二十を超える蒸溜所が閉鎖されました。当時それは単なる工場の整理であり、惜しむ声は業界の外にはほとんどなかったといいます。しかし歴史は皮肉に展開します。閉鎖蒸溜所の残された樽は年月とともに熟成を重ね、二度と造れない酒として神格化されていきました。ポートエレンの一本が数十万円で取引される現代からは、閉鎖の日の静けさは想像もつきません。そして2020年代、ポートエレンもブローラも資本を得て再稼働を果たします。湖は干上がり、伝説だけが残った——需給の振り子が生んだ、喪失と再生の物語です。