「ウイスキー発祥の地」の座をスコットランドと争うアイルランド。実際、19世紀のダブリンは世界最大のウイスキー都市であり、当時「ウイスキーといえばアイリッシュ」が世界の常識でした。しかし20世紀、この王国は音を立てて崩れます——独立戦争による英連邦市場の喪失、アメリカ禁酒法による最大市場の消滅、そして大戦。1970年代、アイルランド全土の蒸留所はわずか2〜4か所にまで減りました。
01 生き残りの箱舟 — ミドルトンとブッシュミルズ
壊滅期のアイリッシュを守ったのが、主要社が合併して築いた新ミドルトン蒸留所(1975年)と、北のブッシュミルズです。ジェムソン、パワーズ、レッドブレスト——歴史あるブランドたちは一つの屋根の下で命脈を保ち、やがてジェムソンの世界的成功が反転攻勢の狼煙となりました。2010年代のクラフトブームで蒸留所は40超まで急増。アイリッシュは今、世界で最も成長率の高いウイスキーカテゴリーの一つです。
02 アイリッシュの三種の神器
様式面の特徴は三つ。第一に「3回蒸留」——スコッチの2回より一段多く蒸留し、絹のような滑らかさを得る伝統(例外もあります)。第二に「ノンピート」——泥炭を使わないクリーンな麦芽が主流。第三に固有様式「シングルポットスチル」——発芽大麦と未発芽大麦を混ぜて仕込む製法で、かつて麦芽税への対抗策だった知恵が、油分のある独特の厚みという個性に転じました。レッドブレストやグリーンスポットがその生きた教科書です。
03 いま飲むべきアイリッシュ
入口は世界標準のジェムソン、次にポットスチル様式のレッドブレスト12年、変化球でピーテッドのカネマラ、新世代ならティーリング——この4本でアイリッシュの過去と現在が一望できます。軽やかさは入口の広さ、歴史は語りの深さ。復活の物語ごと楽しめる産地として、アイリッシュは「二杯目の世界地図」に最適です。